オータム!

~三人の男のストーリー①~

~三人の男のストーリー①~

もう秋か。―それにしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか、俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか。―季節の上に死滅する人々から遠くはなれて。 

~アルチュール・ランボー『地獄の季節』~

◆居酒屋『一休』

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「そらあかんわ」

店のおばちゃんがテレビに向かって話しかけている。

どうやらタイガースの背の高いピッチャーが練習に遅刻したらしい。

「二軍行きやて」せわしなく手を動かしながら、おばちゃんが言う。

「しょーもな」

矢吹はその声につられて、テレビを見上げたが、すぐにカウンターに視線を戻した。

カウンターのほかには、四人がけのテーブルが二つ。

梅田のお初天神の隅っこにある小さな居酒屋だ。

まだ、八時過ぎだが客は我々三人だけだった。

「二軍に落ちたって、俺よりはましだな」

長谷川が残り少なくなった一杯目のハイボールを揺らしながら、つぶやいた。

「あいつはまだ若い。今年活躍しなくても、また来年チャンスがあるだろう」

矢吹は、ややこしい話がはじまりそうだな、と思いつつ話を合わせた。

「おまえにはもうチャンスはないのか」

「銀行員で四十代前半までに東京に戻れないヤツが、今のポジションより上にいくことは、まずない。そして、俺は、来年四十五歳になる」

ハイボールで口を湿らせながら長谷川が続ける。

「その意味がわかるか」

長谷川は、どの駅にもATMがあるメガバンクで働いている。

銀行員は大変だな、と矢吹は思った。

「ちなみに俺も四十五になる」矢吹が言うと、長谷川の隣にいる竹田も言った。

「俺もだ」

三人は、東京の大学の同期。テニスサークルが同じだった。

今年のはじめに行われたサークルの集まりで、三人とも大阪で働いていることを知り、月に一度のペースで集まるようになった。

学生時代は特に親しかったわけでもなく、卒業してからは誰かの結婚式で数回、顔を合わせたぐらいだったと思う。

おそらくその時も「元気か」「おう、元気だ」ぐらいの会話しかしてないのだろう。

集まるのはいつも居酒屋『一休』

矢吹が好きな店だ。

ランチタイムはそれなりに混雑しているが、夜は空いている。

もうええ年やし、お金はどうでもええわ、と商売っ気のないおばちゃんもいい。

安くてうまい、落ち着く店だ。

「俺が大阪に来てもう四年だぜ。来年も本店には帰れないだろう。もう俺のバンカー人生はアガリ、だよ」

「長谷川、ちょっといいか」

三杯目の中ジョッキを勢いよく流し込みながら、竹田が口を挟んできた。

こいつをビールのCMで使ったらいい絵が撮れるんだろうな、と矢吹は思った。

「『俺のバンカー人生はアガリ、だよ』っていうおまえの今のセリフ、なかなか恰好良かったぞ」

左手の親指と人差指でつまんだ枝豆を見つめながら、竹田が言った。

『指までうまいで~丹波黒枝豆※ただし去年の冷凍もんバージョン』とメニューに書いてあるやつだ。

竹田は満足したのか、指までうまいとはうまいこと言うな、さすが大阪だ、と言いながら、指を舐め始めた。

日本人なら誰でも知ってる大手メーカーの営業マンだった竹田は、取引先の中小企業の社長に誘われて転職をした。

今は東京から家族を呼び寄せて、大阪で暮らしている。単身赴任で来て、一年ですっかり大阪(ここ)が気に入ったらしい。

我々の世代では転職は一大決心だ。『こっちで働くほうが楽しそうだから』と、あっさり転職を決めた竹田はおそらく変わったヤツなんだろう。

七回転職して、コンサルタントという怪しい仕事をしている俺も変わったヤツなんだろうな、と思いながら矢吹は言った。

「レイ・クロックがハンバーガーと出逢ったのは五十二歳。カーネル・サンダースがフライドチキンを創ったのは六十五歳だ。そして、田中きよがまんじゅう屋を開いたのは七十七歳の時だ」

「……その田中きよって誰だよ」長谷川がちらっとこちらを見ながら訊いてくる。

「俺のおばあちゃんだ」あのまんじゅうがまた食べたい。

「俺たちはまだ若いと考えることもできるんじゃないか」

「カーネルは道頓堀川で二十四年も泳いでいた。バースに似ていたからだ。くいだおれ太郎は七十歳で現役だ」

竹田がスマホで調べながら言う。こいつはやはり変わってる。

長谷川は小さく溜め息をついた。

「どっちにしろもうオッサンだ。先はないんだよ」

「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」

矢吹は気の利いたことを言って湿った話を終わらせようとした。

「そのうち長谷川も自分の人生を笑って振り返ることができるさ」

「チャップリンに俺の気持ちがわかるか、俺にとっては悲劇でしかない」

長谷川のハイボールはもう小さい氷しか残っていない。まだ一杯目だ。

「じゃあ、味のしないハイボールをチビチビ飲み続けるように毎日生きるのか。何回でもおかわりができるから人生は面白いんじゃないのか」

カウンターの木目をじっと見ていた長谷川が、今日はじめて顔を上げた。

その時、竹田が大声で言った。

「おばちゃん、生中おかわり!」

その声で吹っ切れたのか、長谷川は、フっと笑って言った。

「……俺ももらうか。おばちゃん、ハイボールおかわり、濃いめで」

「いいぞ、長谷川、その調子だ」竹田が囃し立てる。

「おばちゃん、ビールも濃いめでね」

「芋ロックおかわり、濃いめで」矢吹も合わせた。

「今日は飲むか……明日も早いけど」と長谷川。

「自慢じゃないけど俺は、明日のことを考えたことがない」

竹田が鼻をふくらませた。たぶん、自慢しているのだろう。

「明日は巨人戦か、テレビ見んのやめとこ」

おばちゃんがつぶやいた。

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